ロースト・ビーフを食らう<九月二十五日> ―爾―こうして、イスに身を沈めていると、陽ざしがきつく目を開けていられない。 砂漠の町らしく、乾燥している。 籐で作られたイスが心地よい。 夕方近くまで、毛唐たちと一緒に日光浴としゃれ込んだ。 少し陽ざしが弱まった夕方、レストランを探して町の中を散策する事にした。 ここに来て、碌な食事にありついていない。 薄っぺらな”ナン”と言う円盤のようなパンは、今は喉を通らないようだ。 細長い、パサパサのライス、鉄の棒に串刺しし焼いただけの羊の肉が乗っているだけの食事。 これでは身が持たないと、ホテルのすぐ近くにある高級レストランに入った。 これがまた、日本にある喫茶店に良くある建物で、アフガニスタンには似合わない建築なのである。 そのハイカラさに、ちょっと話の種に寄って見ようと思ったのだ。 中に入って見渡すと、客は俺一人。 入ってしまうと、水だけ飲んで出るわけにもいかず、場違いな所での場違いな食事となってしまったみたいだ。 「しまった!」と思っても、後の祭りで、仕方なくメニュ―を見て、一番安そうなロースト・ビーフ?を注文する。 そして、赤ワイン。 それだけでなんと、104Afg(≒730円)。 日本で食ってるようなもんだ。 なんとアフガンでの5泊分だ。 しかし美味かった。 久しぶりのご馳走にありついた感じだ。 美味そうに食っていると、マスターが近づいてきた。 マスター「日本人か?」 俺 「ヤー!」 マスター「そのチョッキは、カブールで買ったのか?」 午前中買った黒のチョッキを見て言った。 俺 「そうだ。」 マスター「いくらで買ったんだ。」 俺 「聞くな!」 マスター「いくらだ?」 俺 「US10$だ。」 マスター「何??10$?それだったら・・・・US5$だな。」 俺 「だから、聞くなって言っただろう!」 マスター「大分吹っ掛けられたようだな。」 俺 「だけど、これでも安くしてもらったんだけどな??最初は20$って聞かなかったんだから。」 マスター「US20$だって・・・。俺に言いなよ、5$で手に入れてきてやるよ。」 俺 「だから聞くなって言っただろ。気分悪くなるんだから。」 * レストランを出る頃には、もうあたりは暗くなり始めていた。 もうあの昼間の強い陽射しは消え、涼しさを通り越して、肌寒く感じる。 部屋の中には、いつも目にしてきた、大きな扇風機はない。 ここが砂漠の町だからだろうか。 カブールの街には、アンティック・ショップが多く、見て回るだけでも大変な数だ。 観光で来ているなら、欲しい物で溢れている。 街の中を歩いている、パシュトゥ系の人達の服装を見ていると、ここがアフガニスタンという事を忘れさせてくれる。 日本とあまり替わらない服装を身につけて歩いている。 それに比べて、モンゴル系の人達は貧しく身なりも汚い格好で歩いていく。 流行なのか、白い民族衣装の上に、古い背広のようなものを無造作に着込んでいる。 背広の下からは、白いものがはみ出ている。 皆が同じ服装をしているので、少々滑稽に思えてくる。 それでも本人達は、アフガニスタンと言う国の首都に住んで、背広を着こなし、ちょっと得意顔で歩いているのかも知れない。 彼らにとっては、この服装が流行の最先端なのだ。 女性達も同じだ。 パシュトゥ系の女性達は、身なりも奇麗で顔も露出して歩いている。 それに比べて、モンゴル系?は顔を隠したあの服装だ。 しかしよく考えてみると、頭からスッポリ被るあの服装は、ここ砂漠の中の街では理にかなったものなのだ。 あの細長い布切れを、身体中に巻きつけている事によって、日中の強い陽射しを遮り、体内の水分が吸い取られる事を防いでいるし、あの砂漠の砂嵐から、目や鼻や耳をガードしてくれる優れものなのだ。 使用している言葉は、ファルミ―語であると言う。 観光の国という位置付けのせいか、ヨーロッパとアジアを結ぶ重要な分岐点となっているためか、英語が良く通じるなかなかいい国ではないか。 時々、日本語も聞こえてくる。 暫く滞在してみたい街ではあるがまだ旅の途中、そうゆっくりとはしておられず、明朝へラート(アフガニスタン西部の町)へ旅発つ予定なのだ。 出発は、明朝4:30だとか。 起きられるのか? マスターに頼んでおいたチケットもまだ手にしていない。 そのことをマスターに言うと。 マスター「心配ない。明朝私がステーションまで送るから。チケットはそのとき渡すから、私を信用しなさい。大丈夫!大丈夫!」 この不可解な言動に早く気がつくべきだった。 この優しそうな目と、親切な言葉にころりと、騙されてしまうことになろうとは・・・・この時点ではまだ気づいていないのだから、何処までお人好しなんだろうか、俺という奴わ! ≪南京虫≫ 「正式には”トコジラミ”と言い、褐色で体長5㎜の扁平円盤状。飢えや寒さに強いく、野外には生息せず人家に潜む。イギリスではBed・Bug。ドイツではBettwauzeというくらい、ベッドに住んでいる。昼間は眠っていて、夜になると吸血活動を開始する。中近東・北アフリカの安宿のベッドには(ベッドがない時は床)必ずいると言う。血を吸われる時は、痛みを感じないために、大群に襲われても眠っている為に気がつかないことが多いという。一晩でアッとい間に、数百箇所以上吸われてしまい、気がついた時の痒みは生半可ではない。回帰熱・ライ・ペスト・マラリアと言った伝染病を媒介してしまう厄介な生き物だ。」 |